住職 佐山拓郎
熱狂のうちに幕を閉じた、リオオリンピック。様々な競技で、数々のドラマを生んだ今回、日本は過去最高数のメダルを獲得した。
学生時代、陸上選手だった私は、400Mリレーの銀メダルが一番嬉しかった。何といっても、あのアメリカに先着した(アメリカは失格したが、タイムでも先着していた)のだ。個人のタイム合計では、とても敵う相手ではないところ、日本のバトンワークが、勝利を呼び込んだ。国民全体に望まれ、獲得した銀メダルだった。
同じ銀メダルだが、女子レスリングの吉田沙保里選手の銀は、誰も望んでいなかった。世界大会を16連覇し、200連勝以上の記録を持つ吉田選手は、いつしか「霊長類最強女子」と呼ばれるようになり、負けるなどとは、誰も思っていなかった。
だが、「霊長類最強女子」も、人の子だったのだ。決勝で敗れた吉田選手は、その場で泣き崩れ、立ち上がれなかった。
試合後のインタビューでも、表彰式の間も、吉田選手の涙は止まらなかった。父親の死、日本選手団の主将という重圧、世界王者としてのプライドなど、想像を絶する荷物を背負っていたのだろう。
今までは、大会で勝利することで、その荷物を一旦降ろすことができた。が、負けてしまった今回は、一度背負った荷物を降ろせなくなってしまったのではないか。国民からの期待に応えられなかった悔しさ、苦しさ。そして、王者であり続けるべく、日々鍛錬してきた自分の人生への思いなどが、涙となって溢れてしまったのだと思う。
試合後の吉田選手の、ほとんど謝罪会見のようなインタビューを受けて、「謝る必要はない」「よく頑張った」「だから、もう泣くな」という人がいる。吉田選手を慰めようとする、優しい心からの言葉だと思う。「霊長類最強女子」が泣く姿を見るのが、いたたまれないということもあるだろう。
しかし彼女は、背負った荷物を降ろさなければならないのだ。国民全員に、自らの敗戦を謝ることでしか、もはやその方法はなかったのではないだろうか。
「霊長類最強」にも、謝る権利はある。人目をはばからず泣く権利だってある。彼女に重圧を与え続けてきた我々は、その謝罪を受け止めなければならない。誰よりも悔しいのは、吉田選手本人なのだ。その本人に「謝るな」「泣くな」ということは、レスリングに命をかけ、金メダルを目指してきた彼女の気持ちを蔑ろにしているのと同じではないか。
「悲しみを抱えた人に寄り添う」という僧侶の役割について、考えさせられるオリンピックでもあった。閉会式には、笑顔で出席していた吉田選手。きっと、母親が悲しみを受け止め、寄り添っていたのだと思う。
前住職 佐山拓郎(第40世 平成26年~令和3年)
昭和のある年の秋彼岸、東京下町の小さなお寺で生まれる。
前職はサラリーマン。縁あって目黒の羅漢寺の住職となる。
執事 福田 貴宏
現住職 無垢品 宗生(第40世 令和3年 晋山)
縁を大切にしたいと人気声優と手紙のやりとりを続け、
今年の1月には彼らが司会を務めるラジオ番組にも出演する。
執事 堀 研心