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法話コラム ウグイス谷から

住職 佐山拓郎

VOL.125 住職佐山のコラム(2016冬号)

おかげ様で最近、テレビや雑誌などから取材していただく機会が増えた。五百羅漢寺として紹介いただく事はもちろん、私個人としても、たまに取材を受ける事がある。先日は、「ぶっちゃけ寺」からの、「歌詞が仏教的だと思う、昭和の名曲」を教えて欲しい、というアンケートに協力させていただいた。

最近の「ぶっちゃけ寺」は、「マンネリ」だと言われる事も多く、この企画も単なる「こじつけ」じゃないか、という声も上がっている。だが、企画に関わっている僧侶たちは、必死に、今までお寺や仏教に興味のなかった視聴者たちの興味を引きつけようとして、頑張っている。若い僧侶たちが、少しでも「仏教離れ」を防ごうとして、もがいている姿を見ていると、少なくとも私は、批判する気にはなれない。

釈尊も、祖師たちも、自分の教えを伝えるにあたって、「こじつけ」とまでは言わないが、いろいろな「たとえ」を用いてきた。釈尊は、この世の縁のつながりを「網の目」になぞらえるなど、わかりやすく仏法を伝えるべく、さまざまなたとえ話を使い、教えを説いた。

法然上人は「月かげのいたらぬ里はなけれども ながむる人の心にぞすむ」という歌で、月の光と阿弥陀さまの慈悲の心を結びつけている。「月の光は、すべてのものを照らし、人々にくまなく降り注いでいるけれども、月を眺める人以外には、その美しさはわからない」という意味のこの歌は、「阿弥陀さまの慈悲の心は、すべての人に平等に注がれているけれども、合掌して、南無阿弥陀仏と唱える人のみが、その救いを受ける事ができる」という教えを表している。

私は「ぶっちゃけ寺」に、ユーミンの「やさしさに包まれたなら」が、法然上人の「月かげ」と重なる、と送った。「目にうつるすべての事」は、すべての人に平等にメッセージを送っているけれど、それに気がつくのは、「大人になっても奇跡は起こる」と信じ、受け止める心を持った人だけなのだ、という事を伝えたく思い、こじつけた。

釈尊も、法然上人も、自らが得た事を、少しでもわかりやすく伝えようと、努力してきた。「ぶっちゃけ寺」の僧侶たちも、私も、それにならい、自らの仏法を、どのように人々に伝えたらよいか、考えながら過ごしている。

仏の教えは、いろいろなところから得られる。歌からはもちろん、映画や漫画、そして「静かな木漏れ日」や「くちなしの香り」からも、メッセージを受け取る事ができる。

自分が受け取ったメッセージを、わかりやすく人々に伝えていくのが、僧侶に課せられた使命だと思っている。たまにはこじつけてしまう事もあるが、温かく見守って欲しいと思う。

連載記事アーカイブ

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ウグイス谷から 住職 佐山拓郎

住職 佐山拓郎(平成26年 普山 第40世)

昭和のある年の秋彼岸、東京下町の小さなお寺で生まれる。
前職はサラリーマン。縁あって目黒の羅漢寺の住職となる。

仏教手習い草紙 執事 福田貴宏

執事 福田 貴宏

体験日記 執事 無垢品宗生

執事 無垢品 宗生

縁を大切にしたいと人気声優と手紙のやりとりを続け、
今年の1月には彼らが司会を務めるラジオ番組にも出演する。

寺宝探訪記 執事 堀研心

執事 堀 研心