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寺宝探訪記

執事 堀研心

VOL.129 寺宝探訪記・特別編 ~「右繞三匝堂」の謎を追え!⑫

●前号からの続き
「右繞三匝堂・さざえ堂」とは、いったい何なのか。どんな建物で、その建築、建物(お堂)の意味は何なのか。これまでの内容を振り返りながら、まとめます。

「右繞三匝堂・さざえ堂」の正式名称

◆「円通閣(えんつうかく)」。通称「三匝堂(さそうどう)」「右繞三匝堂(うにょうさんそうどう)」。「栄螺堂(さざえどう)」「さざい堂」。
◆五百羅漢寺発祥の建物。その後、全国に類似のお堂が建立された。

発案者・建立者、建立年代

◆寛保元年(一七四一)に完成。発案者は、五百羅漢寺三代目住職「象先 元歴」。完成させたのは「象先 元歴」と四代目住職「栄朝 浄陽」。
◆建てられた場所は、本所五ツ目(現在の江東区大島)の五百羅漢寺の境内。西羅漢堂の南、天王殿の西側。

建築構造(外部・内部)

◆三階建て(外観は二階建て)。本瓦葺(ほんかわらぶき)で、高さ五丈八尺(約17.6メートル)、横幅・奥行きが九間(約16.4メートル)。お堂の入口には十代目住職の雪村 衍髄が書いた『右繞三帀堂』の扁額(五百羅漢寺に現存)が掲げられ、香炉(制作年代不明。五百羅漢寺に現存)が置かれていた。
◆内部の構造は三階建て(中二階あり)。堂内中央は吹抜けで、一階から壁に沿って右廻りにらせん状にスロープがある。このスロープをつま先上がりにあがると、三周して三階に達する。スロープに沿って百観音が安置されていた。
◆三階には四方に切目縁を廻し、擬宝珠勾欄をつけていた。

お堂の種類・安置されていた仏像

◆右繞三匝堂は「百観音堂」であった。一階(下匝)の本尊は十一面観音菩薩と地蔵菩薩。本尊の左右から後ろにかけて秩父三十四観音が並んでいた。二階(中匝)の本尊は白衣観音菩薩と勢至菩薩、坂東三十三観音が安置されていた。三階(上匝)の本尊は魚藍観音菩薩と阿弥陀如来、西国三十三観音が安置されていた。右繞三匝堂に参拝すると坂東百観音霊場をすべて巡礼したことになる。

右繞三匝(うにょうさんそう)とは

◆「右繞三匝」とは「右まわりに、三回、まわる」ということ。
ブッダの死後、摩訶迦葉(まかかしょう)が釈迦の遺体のまわりを「三匝(さんそう)もしくは七匝(ななそう)して」礼拝した。
そこから仏(聖なるもの)を中心に右廻りに三回まわることが、最高の礼をつくすという意味になった。

ー次回に続く。

富岳三十六景・五百羅漢寺さざえ堂

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